復縁屋全国版

妻との復縁屋体験談 福岡県福岡市50代男性

福岡 復縁屋体験談

別れた妻とヨリを戻したくて復縁工作の依頼をしました。
私と妻は40代での遅い結婚でしたので子供は居ませんでした。
離婚の原因は私の父の介護でした。
母が3年前に亡くなり、そこから父の様子が少しづつおかしくなりました。
同じ事を繰り返し言ったり私の名前をたまに忘れたりしていたので、病院に連れていくと「痴呆」と診断されました。
私達夫婦と父は二世帯住宅に住んでいて、専業主婦だった妻は父の世話をする事が当然のような形となりました。
私は会社では責任ある役職を任されている為、仕事を休んで父の介護は出来ず、辞めれば収入が途絶えて生活が苦しくなるので、結局父の世話は妻に任せきりとなりました。

その後父の症状は更に悪化しました。
大声を出したり同じ物を幾つも買って来たり、食事をしても「食べていない」と言ったり…。夜もなかなか寝ない日が多く、トイレの場所を間違えるようになり、日に日に妻が疲れている様子が分かりました。
しかし、私は見て見ぬフリをしてしまったのでした。
ある日、仕事が終わって帰宅したら妻の姿はなく、そこには散らかった家の中で座り込んでいる父の姿がありました。
私は慌てて妻に電話をしました。
妻は捲し立てる私の話を遮り、「もう疲れた。離婚届を送る」と、これまでにない暗い声でそれだけを言って電話が切れました。
その日をさかいに実家に帰った妻とは連絡が取れなくなりました。
私は困り果てて、市内に住む妹夫婦に相談して父に世話は交代でする事になりました。
毎日が本当に大変でした。ストレスも溜まり何処か気持ちのより所が欲しくなり、職場で私に言い寄ってきた40代の女性と付き合ったりもしました。
その女性は歳のわりに幼く、天神にあるゲームセンターやアニメ好きな人達が集まるようなカフェが好きでした。
私は嫌々ながら連れていかれ、とても恥ずかしい思いをしました。
彼女とは根本的に合いませんでしたが、介護のストレスではけ口が欲しく、我慢して付き合っていましたが、いつも元妻と比べていた自分が居ました。
私はわざと彼女をカップルで行くと別れるというジンクスのある大宰府天満宮に誘いました。彼女はこういう所には興味がなく、つまらなそうにしていました。これからもこういった落ち着く所に行きたい、次は大濠公園へ行こうと提案したら次第に彼女から離れていき、やはり縁がない人とはこうなるのだと思いました。
手元に置いたままになっている離婚届の妻のキレイな文字を眺めながら、やはり妻とヨリを戻したいと私は強く思ったのでした。

復縁工作を依頼したのは東京の復縁屋さんでした。
ネットで調べながらまずは福岡の復縁屋に問い合わせて、その他大阪にもありましたのでそこにも問い合わせました。
ネットで情報を見ていると東京には復縁屋の数が多いとありましたので、何社か問い合わせをしました。
こちらの復縁屋さんはマスコミの取材に応じていたり実積もありそうな感じがありましたが、何よりどこよりも親身な対応でした。
私の立場をよく理解して頂けたので信頼出来そうと思い、こちらの復縁屋さんにお任せしました。
同世代の女性工作員さんが妻と友人関係を築いてくれて、とても上手に本音を聞き出してくれました。
「義父の介護に疲れて、ストレスが爆発したの。いきおいで家を飛び出したけど、義父さんは今ごろどうしているのかな。旦那のことも正直気になっている。」
と話していたそうです。
私は父のことを気にかけてくれている事に感激しました。
妻の気持ちが確認出来たので、復縁に向けて前進出来たと実感しました。
復縁屋さんからも「更にお二人に寄り添いながらサポートします」と言って頂き、今はとても前向きな気持ちになっています。

関連ページです。(事例はプライバシー保護のため一部実際と異なる箇所があります。ご了承下さい。)

東京の探偵社に頼むメリット
電話問い合わせ ご相談前に メールフォーム
メール・フォームでのお問い合わせ
お客様の声・体験談
よくある質問集 料金システム