復縁屋全国版

元妻との復縁体験談 大阪府豊中市50代男性

豊中 復縁屋体験談

私は3年前に離婚しました。
妻とは大学時代に知り合い、8年の交際をへて結婚。17年間夫婦としてやってきました。
長い付き合いもあってか平穏な結婚生活だったと思います。
しかしそれが壊れたのは、私の両親と同居をしたことがきっかけでした。

同居の理由は、父が病気をして介護が必要になったからでした。母は膝が悪いため介護が満足にできず、私たち夫婦がサポートするために同居を始めたのです。
妻は父の介護の手伝いとパートの日々でした。そして介護に疲れた母のストレスの捌け口になっていた様です。
同居前とは異なり、母と妻は軋轢が生じていたみたいでした。
私は仕事を優先しており、父のことは妻に任せっきりになってしまいました。
ヘルパーに頼む回数を増やすことや、早く施設に入れるためにはお金が必要と思い、それが妻のためになると思っていました。
しかしそれが間違っていたと気が付いたのは、妻に離婚届を出されたときでした。
お金よりも必要だったのは、家族との時間や妻とのコミュニケーションだったのです。
今思うと、妻はどんなときも仕事で疲れている私を労わってくれました。
「努力したし、我慢もしたけど、もう無理。」疲れた顔でそう話した妻に対して、気が付くのが遅すぎたと私は思いました。
全て自分が悪い、申し訳ない、別れるしかないと思いました。

私は仕事と介護で精いっぱいで、妻がいなくなった生活を悲しむ時間はありませんでした。
しばらくして、両親が他界しました。
慌しい日々が終わり、ぼんやりしていると妻に会いたいと思いました。しかし、何と連絡して良いか分からず、踏み出すことができませんでした。
新しい生活を始めているところに私なんかが連絡したら申し訳ない。そういう気持ちもありました。
インターネットで調べものをしていたとき、普段は気にもしないのですが、ある広告が目に留まりました。
妻と復縁する方法とあり、ついページを開きました。
思えばその日は妻との結婚記念日でした。
何年か前の今日は普通に楽しく過ごしていたと思うと、読み進めてしまいました。
そこで復縁屋という存在を知ったのです。
復縁屋にお願いしたら、来年の今日は楽しく過ごせるのではないか?
未来を夢見た私は、問い合わせをしました。
復縁屋さんとやりとりを進めるうちに、漠然とした気持ちが現実味を帯びてきました。
自分が悪いからと後ろ向きになっていましたが、本当は復縁したい、残りの人生を後悔したくない、と強く思い、依頼しました。
大阪出身のスタッフの方が工作員として入って頂いたのが良かったのか、妻はその方とすぐに打ち解けたようで安心しました。
妻は裁縫が好きで、千里中央駅にある手芸屋さんによく通っていました。
そこで工作員の方と仲良くなったそうです。
甘いものが好きな妻は、工作員の方を自分の好きな喫茶店に連れて行ったそうです。
そこはアップルパイが美味しい店で、私ともよく行っていた店でした。
報告を聞く度に、妻のことを思い出し、恥ずかしながら何とも切ない気持ちになりました。
私は仕事や介護で色んなことを忘れていました。
妻の笑顔をしばらく見ていないことも。

復縁屋さんにお願いして一年が経ちました。
今、私の隣には笑顔の妻がいます。
まだぎこちないところもありますが、時間をかけて空白を埋めていこうと思っています。
一時は諦めそうでしたが、復縁屋さんに協力頂いたおかげでここまで漕ぎつけました。
来年の結婚記念日も一緒に過ごしたいと思います。
お世話になりました。

関連ページです。(事例はプライバシー保護のため一部実際と異なる箇所があります。ご了承下さい。)

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