復縁屋全国版

元夫との復縁屋体験談 佐賀市40代女性

佐賀 復縁屋体験談

夫とヨリを戻したくて復縁工作の依頼をしました。
夫との出会いは英会話教室でした。私は熊本の出身で、仕事の都合で佐賀に住むことになりましたが、知り合いや友達は全く居ませんでした。
交流の場を持つためにも何か習い事でもしようと思い、教室に通い始めました。
上達していくことをうれしく感じると共に、教室で夫と会えるのも楽しみでした。
八幡小路に飲みに行った際に、お互いに同じ想いだと分かり、私たちは交際を始めました。
それから4ヶ月が過ぎた頃に私は妊娠したので、それを機に結婚しました。
その後、無事に出産し男の子が産まれました。子供が産まれてからは毎日が育児に追われバタバタと過ぎていきました。息子が幼稚園に入り少し時間が出来た頃、夫は仕事で1つの部署を任されるようになりました。以前より忙しくなり、私もパートに出始めるとすれ違いの日々になりました。
思えば交際期間も短く、いわゆる出来ちゃった婚でバタバタと今に至るので、失敗したかも…という気持ちになりました。結婚生活を続けていく自信もなくなり、そんな心の隙からか私はパート先で知り合った人と付き合うようになりました。
彼にせかされ、私は離婚を切り出しました。
夫からの離婚の条件は息子の親権を持つことでした。原因は私にあるので強く言えず、私は家を出ました。

1人での生活が始まった時は、これで解放されたと思いました。
彼とも気兼ねなく会うことができ、独身時代に帰ったような気分を味わっていました。
彼はぐいぐい引っ張ってくれるタイプで、悪く言えば自己中心的な人でした。交際当初は夫とは違うタイプで新鮮と思っていましたが、日に日にズレを感じ、束縛もきつく、しんどくなって彼とは別れました。
心にぽっかりと穴があいた、そんな私の唯一の楽しみが月に1度息子と会う事でした。
会う度に成長していく姿を見ると、やっぱり一緒に暮らしたいと強く思いました。
息子から夫の話を聞くと、仕事と育児とで大変な様子がよく分かりました。
私は胸が痛くなると同時に、復縁を考え始めました。
正直、年齢も40代半ばを過ぎ、先の不安も感じていました。一人になって初めて分かったり見えてきたりして、色々と考えさせられたこともあります。
本当に虫が良すぎると思われるでしょうが、ヨリを戻したいという気持ちは日増しに募り、私は復縁屋さんに相談しました。
身内や知り合いに橋渡しを頼んだりするより自然な形で復縁したかったのです。

復縁屋は福岡や大阪にもありましたが数が少なく不安でした。
遠くても東京の方が復縁屋の数が多く、何社かのHPを見るうちに目に留まったのがこちらの復縁屋さんでした。
テレビや雑誌から取材を受けていて、長年の実積もありそうだったので問い合わせをしました。
いつも迅速で丁寧な対応が信用出来ると思い、依頼の決め手になりました。

夫と同世代の工作員さんが佐賀まで来てくれました。
自然に彼に近づき連絡先の交換をして頂き、やり取りの段階からとてもマメに工作内容の報告があって、毎回ドキドキしながら目を通しました。
夫の近況は相変わらずのようで、私は安心しました。
工作員さんは夫を誘い、白山名店街の近くの居酒屋さんで何度か食事をしてくれました。
父子家庭の大変さや愚痴を夫から引き出し、うまく聞き役に回ってくれたようです。
「息子が元嫁に会うと、いつもまたすぐに会いたがる」と言っていたと報告を頂いたときには涙が出ました。
工作員さんが少しずつ、子供には母親が必要といった話に誘導してくれたおかげで、息子と会う回数が週1に増えました。
自然と夫とも話す時間が増え、復縁の手ごたえを感じています。

関連ページです。(事例はプライバシー保護のため一部実際と異なる箇所があります。ご了承下さい。)

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